西郷地区

★鳥取市河原町西郷地区の位置

鳥取市の南西部 鳥取駅より車で約30分  鳥取道河原I.C.より約10分

★鳥取市河原町西郷地区の集落

11集落(大字9部落)からなり、446世帯 住民数1,184人(平成31年1月1日時点)高齢化率(65歳以上)43.5%

★4つの窯元★


「やなせ窯」(鹿野)





やなせ窯  前田 昭博(人間国宝(鳥取県初))


1954年 鳥取県河原町に生まれる。

1977年 大阪芸術大学工芸科陶芸専攻卒業。

1991年 第11回日本陶芸展「毎日新聞社賞」受賞。

1993年 第48回新匠工芸展「富本賞」受賞

1999年 「日本の工芸(今)100選」展招待出品「パリ」

1999年 鳥取市文化賞受賞

2000年 第47回日本伝統工芸展「朝日新聞社賞」受賞

2003年 20回記念田部美術館大賞 茶の湯の造形展「大賞」受賞

2003年 第2回京畿道世界陶磁ビエンナーレ「銅賞」受賞「韓国」

2003年 第50回日本伝統工芸展「第50回展記念賞」受賞

2004年 日本陶磁協会賞受賞

2005年 第60回新匠工芸展「60回記念大賞」受賞

2007年 紫綬褒章授章

2010年 鳥取県文化功労賞受賞

2012年 鳥取県指定無形文化財(陶芸)認定

2013年 国指定重要無形文化財「白磁」保持者認定 (人間国宝)

2014年 第61回 日本伝統工芸展 鑑査委員 
2015年 第62回 日本伝統工芸展 鑑査委員 
2016年 第63回 日本伝統工芸展 鑑査委員 
2017 第64回 日本伝統工芸展 鑑査委員 

日本工芸会 副理事長

日本工芸会 陶芸部会長
大阪芸術大学 客員教授
佐賀大学 非常勤講師
重要無形文化財保持者








「因州中井窯」(中井一)



因州中井窯  坂本 章




 1945 初代 坂本俊郎氏が現在地に登り窯を築窯し、1952 吉田璋也氏より牛ノ戸焼脇窯の名を受け、二代目坂本實男氏が新作民芸の扉を開きました。現在の坂本章氏(鳥取県伝統工芸士)は三代目で、2000年には世界的工業デザイナー柳宗理ディレクションの製品を復刻製作。また、2005年日本陶芸展・優秀作品賞、2014年鳥取市文化賞等、数々の賞を受賞しています。JR特急スーパーはくとの手洗い鉢には、因州中井窯の作品が採用されています。現在、中井窯の器は全国のショップで取り扱われ、今の民芸を代表する窯元となっています。※1996年、牛ノ戸焼中井窯から因州中井窯と改称。






「牛ノ戸焼」(牛戸)



牛ノ戸焼  小林 孝男



 天保年間(1830-1844)に金河藤七(鳥取県出身)によって作られていた牛ノ戸焼を、天保8(1837)石州の人、島根県江津町に小林梅五郎(こばやしうめごろう)親子が継承、牛ノ戸窯として鳥取県河原町牛ノ戸に開窯した。後に牛ノ戸窯は、二代 小林熊三郎(こばやしくまさぶろう)、三代目 小林秀之助(こばやしひでのすけ)が継承。昭和6年(1931年)、吉田璋也、柳宗悦、バーナード・リーチ、河井寛次郎、濱田庄司らの激励、指導を受け、四代目の小林秀晴(こばやしひではる/明治34-昭和54)が新作民芸に取り組んだ。民芸研究家である吉田璋也等の民芸活動家達の助言によって、以前から作り続けていた梅紋、伊羅保釉と黒釉白釉の掛け分けに加え、伊羅保釉薬を緑釉に変えた食材が美しく映える作品が新たに加わった。今やこの緑釉と黒釉の作品は牛ノ戸の代表作と言える。その後、牛ノ戸窯は、轆轤の名手と云われた、五代 小林栄一(こばやしえいいち/大正3年-平成16年)に受け継がれ、現在の当主、六代 小林孝男(こばやしたかお/昭和26-)が窯と伝統を守っている。

 伝統の梅紋作品は、シンプルで良い物は作り続けると言う先代窯主達の意向によって、現在も暖かみのある牛ノ戸窯の作品として作り続けられている。民芸運動時代にバーナード・リーチ指導によって作られたコーヒーカップは今でも人気が高い。






「花輪(かりん)窯」(湯谷)




花輪窯  花井 健太


1985年 12月 東京で生まれ千葉で育つ
2010年  3月 東京藝術大学大学院美術学科彫刻専攻 修了
2014年  4月 福岡県ちがいわ窯で修業開始
2016年  5月 第51回西部伝統工芸展 入選
2016年  9月 第63回日本伝統工芸展 入選
2016年  9月 第72回福岡美術展覧会 西日本新聞社賞
2017年  4月 花輪窯 開窯




●湯谷温泉●



湯谷温泉のお話しは、谷長次郎左衛門の子孫の家に伝わる1796年に書かれた書物に残っています。それによりますと、谷長次郎左衛門が夢に出てきた秋里村(鳥取市秋里)の山(ろさん)寺の薬師如来のお告げにより、1737年に開いたと書かれています。ただし、湯谷という地名はそれ以前からあり、温泉が湧くことはもっと昔から知られていたと思われます。


●湯谷温泉観音堂●

谷長次郎左衛門の子孫の家に伝わる1796年に書かれた書物によれば、湯谷の薬師堂を建てたのは、高草郡北村(鳥取市北村)の全莫(ぜんばく)と、高草郡大森村(鳥取市有冨)の玄せき(げんせき)という2人の行者が中心となって建てたと書かれています。


小畑の首塚●

 戦国時代の因幡は山名豊国(やまなとよくに)氏が治めていました。それに反旗をひるがえしたのが、鳥取市玉津の鵯尾(ひよどりお)城の武田高信(たけだたかのぶ)でした。鵯尾城での戦いに負けた武田軍は、砂見谷を通って小畑の山に逃げ込みましたが、追ってきた山名軍にことごとく切り捨てられてしまいました。その戦の時の首を集めて供養したのが、この首塚だと言われています。
(かつては、小畑と湯谷に砂見谷に通じる道があり、その道を見下ろす小畑と湯谷の間の山上に磨山(とぎやま)城という山城がありました)


弓河内の大しだれ桜



5mの上方から5本の大きな枝が出ており、この枝から細い枝がしだれ傘のようにたれ下がっている。例年開花は4月中旬頃。シダレザクラの巨樹としては、この地方有数のものである。
※幹周2.45m、樹高15m。県指定天然記念物(昭和30年9月6日指定)


●羽黒山●(中井一)

 中井の北側にある山。羽柴秀吉は1580年と81年の2回、鳥取城攻めのため因幡にやってきました。そのため、因幡には秀吉に寺が焼き討ちされたという伝承が各地に残っており、この羽黒山にも秀吉に妙玄寺というお寺が焼き討ちにあったとの伝承が残っています。また、中井神社の裏山には全長60Mの前方後円墳があり、この地が古くから開けていたことを示しています。

●落河内の大カツラ●



 幹周/12.9m、樹高/40m、樹齢/推定1000年。枝張りは、東西36.5m、南北35.6m。単幹のカツラとしては、幹周が全国8番目。鳥取県指定天然記念物 (S48年3月30日指定)

●落河内の大キリシマ●


  このツツジは、桜谷の旧家にあり、樹高3.6m、枝張りは、東西5.1m、南北7mに達し、直径5cm以上ある枝が20本あるなど、鳥取県にあるキリシマツツジとしては有数の巨樹である。県指定天然記念物 (昭和32年2月6日指定)

●観音寺●



 北村にある観音寺には、昭和30年に県指定の文化財に指定された木造勢至菩薩立像(もくぞうせいしぼさつりつぞう)がある。また、本堂には美しい天井絵が施されている。 
・木造勢至菩薩立像(もくぞうせいしぼさつりつぞう)・
高さ79cmで、ヒノキ材の一木彫り。この勢至菩薩は手足が欠け、全体が摩滅しているが、貞観弘仁の様式である翻波式衣文をわずかに残している。全体的な重厚さから藤原時代のものと推測される。 


●三滝渓●※注意!!(鳥取中部地震で階段が壊れたため、下の吊り橋まで上がる遊歩道は現在、通行止めになっています。現地に行かれても、この景色をご覧になることはできません)



 千丈滝、夫婦滝、虹ヶ滝という三つの大規模な瀑布が見られることに因み、三滝渓という名が付きました。



三滝渓最大の見どころ高さ80メートルを誇る千丈滝。


鳥取市河原町西郷地区の見どころ




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