賀露町五区 船本美恵子さんからご紹介いただいた「山陰地方のむかし話」という本に「へえへえ又兵衛」という民話が集録されていました。長文ですので、要約してご紹介します。
昔、因幡の国の賀露に又兵衛という正直な若者がいました。人から使いを頼まれると「へえへえ」と言うものですから、「へえへえ又兵衛」と呼ばれていました。ある日のこと「又兵衛や、今日は傘を売って来てござんか」と頼まれ、「へえへえ」と言って早速鳥取の町に傘売りに行きました。「あらまあ、賀露の又兵衛が傘売りに来た、あれは正直もんだけえ買ったらんならんわい」と、傘はあっという間に売れ、残ったのは一本だけになりました。
そこへ急に空が曇ってきたので早く家に帰ろうと思い、傘をしっかりと握って走りだした途端、風がビューッと吹いて、傘がパッと開いてしまいました。傘を飛ばされないよう柄をしっかりと握っていると、傘と一緒に雲の上まで舞い上がってしまいました。雲の上には、雷様がいました。「賀露の又兵衛というのは、正直な男だと聞いちょるから、はやまあ上がって飯くえ」と言って、ごちそうをしてくれました。
あくる日、「そこの太鼓を叩いて、あっちこっち雨降らして来てくれ」と頼まれた又兵衛は、「へえへえ」と言って太鼓を叩いて雲の上を歩きました。下を見たら、そこは賀露の上でした。賀露は日照りが多くて雨の降らない所だから沢山降らしてやろうと、勢いよく太鼓を叩きました。夢中になって太鼓を叩いたものですから、雲の上にいることをすっかり忘れ、雲のない所に足を乗せてしまい、アッというまに海に落ちてしまいました。
そこへ漁船が通りかかり、又兵衛を船の上に引き上げてくれました。これまでの一部始終を漁師に聞かせると、漁師は「ああ、あの雨は、お前が降らせただか。お前が降らしたで、田も畑もみんな流れてしまって、それで、こうして漁師をしとる。まあ、そんでもよかったよかった」と言って、無事賀露に連れ帰ってくれました。
(余談)
民話や伝説には、実在した人物や出来事を題材にした話が数多くあります。
雲の上に登った男が雷様のお手伝いをして、最後は足を滑らせて地上に落ちたという話は「雷様と桑の木」、「雷様のお手伝い」にもありますが、この民話で注目したいのは、「賀露は日照りが多くて雨の降らない所だから…」、「お前が降らしたで、田も畑もみんな流れてしまって、それで、こうして漁師をしとる…」というくだりです。
上賀露は農業中心の村で、室町時代、雨がまったく降らなくて困った農民が、上小路神社を祀って雨ごいをしたという言い伝えがあるそうです。また下賀露では、農業ができなかった時に漁業で生活を繋いでいたのかと考えさせられるようなお話です。「へえへえ又兵衛」は、人情味あふれる賀露気質や昔の生活を連想させるたいへんおもしろい民話です。

引用資料 山陰地方のむかし話(民話と神話)