※ このコラムは、「賀露神社ホームページ」から引用しました。
毎年11月初めは「松葉ガニ」の解禁の時期です。この時期になると、賀露の港はカニを水揚げする漁師や行商人らでおおいに賑わいます。この日から3月までカニ漁の季節に入り、家庭の食卓にも松葉ガニや親ガニ(雌のズワイガニ)が並びます。まさに鳥取の冬の風物詩です。
かつて、カニは1年中捕獲が認められていました。その中には産卵期を控えた親ガニも含まれていたため、乱獲が進むにつれて漁獲高は年々減少していきました。
近い将来カニが枯渇することを心配した虎太郎は、松葉ガニの繁殖時期や生態などを独自に調査・研究し、産卵・繁殖期である2月中旬から10月下旬の間、カニを禁漁にすることを地元の漁師たちに提案しました。
しかし、当時はカニ漁の収入が年間収入の8割を占めていたこともあり、漁師たちの賛同を得ることは簡単ではありませんでした。虎太郎は、松葉ガニを守るため、国や県の研究所へ何度も足を運ぶ一方、反対する漁師たちとも根気強く話し合いを続けました。漁師たちと夜を徹して話しあったこともありました。
このような粘り強い虎太郎の働きかけの結果、当初反対していた漁師たちも徐々に虎太郎の意見に耳を傾けるようになりました。虎太郎の思いは、鳥取県だけでなく、兵庫・福井・京都・島根といった周辺の各府県にも広がっていきました。そして、ついに松葉ガニ漁の漁期を11月から3月までとし、その他は禁漁期とすることが定められたのです。
人望のあつかった虎太郎は、昭和14(1939)年に地元の人々に推されて鳥取市議会議員に初当選します。その後、鳥取県議会議員となり、賀露港の修築など地元の発展におおいに貢献しました。昭和25(1950)年には鳥取県議会議長を務めています。
こうした業績が認められ、虎太郎は昭和31(1956)年に藍綬褒章を受章しました。

戦前の賀露漁業協同組合