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つどう まなぶ むすぶ 鳥取市立賀露地区公民館

電話でのお問い合わせはTEL.0857-28-1034

〒680-0909 鳥取県鳥取市賀露町南5丁目1718-3

ふるさと賀露を知る 「シル・チズ」


ぶらり・かろマップ




        
    ぶらり・かろマップ     ぶらり・かろマップ ご案内

ご案内


 @ 鳥ケ島 A 地場産プラザわったいな B 賀露みなと海水浴場 C とっとり賀露かにっこ館

 D 海鮮市場かろいち E 賀露緑地公園 F 賀露みなと公園 G 貝殻屋敷

 H 御番所跡 I 賀露神社 J 上小路神社 K 移民団出港地記念碑

 L 賀露大橋 M 西念寺 N 東善寺 O 賀露橋

 P 波津神社 Q 岩崎神社

@ 鳥ケ島 


奈良時代、遣唐副使吉備眞備が日本へ帰る途中に難破し、賀露沖の宮島に漂着したと伝えられています。その後、宮島から約30m離れた大島に跳び上がって避難したので、その島を「跳び上がり島」と呼び、現在の「鳥ケ島」の語源となったといわれています。頂上には白亜の灯台がそびえ、賀露のシンボルとして住民に親しまれています。(▲ ご案内へ)

A 地場産プラザわったいな 


「わったいな」とは鳥取県東部地方の方言で、感動や驚きの「おお、すごい」という意味です。店内には鳥取県産の農産物、加工品、お土産がたくさん並べられ、多くの人でにぎわっています。(▲ ご案内へ)

B 賀露みなと海水浴場 


青く透きとおった海と白砂のビーチ、そして美しい夕日が自慢の海水浴場です。近隣の「海鮮市場かろいち」や「地場産プラザわったいな」、子どもたちに人気のカニの水族館「かにっこ館」も多くの人で賑わい、家族にお勧めの観光スポットです。(▲ ご案内へ)

C とっとり賀露かにっこ館 


海や川の生き物に親しみを深めてもらうため、カニを中心に様々な水生生物を展示・紹介しています。 (▲ ご案内へ)

D 海鮮市場かろいち 


四季折々の旬の魚介類が豊富に揃う市場です。お買い物だけでなく、新鮮でおいしい海鮮を心ゆくまで味わうことができるお店もあります。(▲ ご案内へ)

E 賀露緑地公園


鳥取港に隣接する広い公園です。駐車場にはトイレが完備され、海に向かって眺めると正面に鳥ケ島が浮かんでいるのが見えます。釣りを楽しんでいる人の姿も多く、穴場釣りスポットとして人気です。(▲ ご案内へ)

F 賀露みなと公園 


賀露みなと公園には、賀露の歴史を物語る4つのモニュメントが設置されています。それぞれのモニュメントの近くには賀露の歴史を記した看板も設置され、港の風景と調和したゾーンとして整備されています。静かな公園で、海を眺めながら、先人達の夢を想い浮かべてみるのも楽しいかもしれません。(▲ ご案内へ)

G 貝殻屋敷 


大正の終わりから昭和の初め、鳥取県はイタヤ貝の豊漁に恵まれました。賀露には多くの加工場があり、身剥ぎの作業が行われ、貝殻が捨てられました。その後、貝殻は埋め立てられ、その上に家屋が建てられました。この住居地は「貝殻屋敷」と呼ばれました。(▲ ご案内へ)

H 御番所跡 


江戸時代の日本では、交通の重要な地点に警備や監視を行う「御番所」が設置されました。鳥取港の番所は1630年頃(江戸時代寛永年間)に置かれ、入港する船の乗組員や物資を厳しく監視しました。(▲ ご案内へ)

I 賀露神社 


1300年の歴史を持つ賀露神社は、歴史情緒あふれる港町と美しい日本海が一望できる丘陵にあります。2年に一度行われる春の大祭は「ホーエンヤ祭」と呼ばれ、「みこし海上行列」や「麒麟獅子舞」など、港町らしい賑やかな行事が催されます。(▲ ご案内へ)

J 上小路神社 


境内の由緒書きには「創立は不明であるが、南北朝の頃賀露村の上分の産土神として勧請された」とあります。古くは神明さんと呼ばれました。昭和61(1986)年、鳥取空港滑走路延長工事に伴い境内地を5m切り下げ、社殿を新築し、境内に遊歩道を設置して桜の木を植樹しました。(▲ ご案内へ)

K 釧路開拓移民団出港の地記念碑 


明治17(1884)・18(1885)年、政府の移住政策のもと、多くの士族が鳥取県から北海道釧路の地へ移住しました。当時の記録によれば、2年間で100戸の士族と5戸の師範農家が賀露から釧路へ渡ったとあります。彼らは、東善寺に集合し、三菱会社が用意した船に乗って賀露港を出港し、敦賀・函館を経由して4日間かけて釧路へ入港しました。(▲ ご案内へ)

L 賀露大橋 


現在の賀露大橋は昭和62(1987)年に完成しました。大型車が待ち合わせしないと渡れなかった旧大橋(昭和28(1953)年完成)に比べるとその効果は計り知れないものがあります。この新大橋の完成は、漁業・観光など地元の産業の発展に大きく貢献しました。(▲ ご案内へ)

M 西念寺 


宗派は、浄土真宗本願寺派。寺の創設者は元知。天正年間(1573〜1592)庵寺を建立し、岡田院(別名観音堂)と称しました(場所不明)。文化5(1808)年、寺の老朽化に伴って現在地へ移転建立しました。(▲ ご案内へ)

N 東善寺 


宗派は浄土宗。草創は明応2(1493)年室町足利十代将軍義植の時代で、現在の寺と晩稲部落の中間地点に建立されたといわれています。現本堂は明和9(1772)年に竣工。境内には無扉門や力士塚が設置されています。(▲ ご案内へ)

O 賀露橋 


賀露街道の湖山川に架かる賀露橋は、昭和8(1933)年頃は木造で、現在の橋より5mくらい南側にありました。この橋を渡って、南隈の村の中を歩いて鳥取市内へ買い物や勤めなどに通っていたようです。現在の賀露橋は、昭和41(1966)年に完成しました。(▲ ご案内へ)


P 波津神社 


創建、勧請は不明。晩稲は古くは賀露村の枝村でした、 元禄14(1702)年に分村し、波津大明神を勧請したと伝わっています。(▲ ご案内へ)


Q 岩崎神社 


鳥取藩主池田光仲公の医臣岡村自温の給所であったため、医薬の祖神である少彦名命を京都五條の天神の宮より勧請し、村の丑寅の方に社殿を造立して、寛文9(1670)年に遷宮式を行いました。(▲ ご案内へ)