境内の由緒書きには「創立は不明であるが、南北朝の頃賀露村の上分の産土神として勧請された」とあります。古くは神明さんと呼ばれました。昭和61(1986)年、鳥取空港滑走路延長工事に伴い境内地を5m切り下げ、社殿を新築し、境内に遊歩道を設置して桜の木を植樹しました。
明治17(1884)・18(1885)年、政府の移住政策のもと、多くの士族が鳥取県から北海道釧路の地へ移住しました。当時の記録によれば、2年間で100戸の士族と5戸の師範農家が賀露から釧路へ渡ったとあります。彼らは、東善寺に集合し、三菱会社が用意した船に乗って賀露港を出港し、敦賀・函館を経由して4日間かけて釧路へ入港しました。
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